那須温泉神社 ★★★

「那須温泉神社」は那須湯本温泉街にある神社です。

奥那須の「大丸温泉」に行く途中、

栃木県那須町 「大丸温泉旅館」 その2(食事編)はこちら)

「那須温泉神社」に立ち寄りました。


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那須湯本温泉街を通り過ぎてすぐの通り沿いにあります。

神社の境内からは、「殺生石」に向かう道があり、

周囲には硫黄の匂いが立ち込めていました。

第一の鳥居は、竹下元総理の秘書が奉納されたとのこと。

今回は寄りませんでしたが、鳥居脇には、

那須湯元から引いた無料の足湯「こんばいろの湯」があります。

駐車場はすぐ横にあります。

バスターミナルも目の前ですので、シーズン中は人も多そうです。

鳥居から社殿までは、階段→石畳→階段と続きます。

雪で覆われていますが、初夏は紫陽花が見事なようです。

二の鳥居

拝殿まではおよそ300m

灯篭や階段は、近隣の温泉旅館や観光施設からの奉納が多いようです。

御神木

御神木「生きる」

このミズナラは悠久の時を経て直、樹勢旺盛にして力強く、

「生きる」と命名されております。

活力、蘇勢力、生命力等のパワーが授けられる巨木として

崇められております。

樹齢推定800年 樹高18m 周囲4m

社殿が見えてきました

手前には、松尾芭蕉が奥の細道に行く途中に詠んだ、

「湯をむすぶ誓もおなじ石清水」の句碑があります。

この句は「奥の細道」ではボツになったようですが、

「曾良旅日記」に記されており芭蕉作に疑いはないそうです。

狛犬 右

奥に見えるのは、

昭和天皇お手植えの松と久邇宮良子女王殿下お手植えの松

温泉神社12

狛犬  左

奥に見えるのは、栃木名木100選 樹齢800年の五葉松

手水舎

拝殿

【那須温泉神社】(なす おんせんじんじゃ又はゆぜんじんじゃ)

【御祭神】
大己貴命 (おおなむち の みこと) →大国主の別称
少彦名命 (すくなひこな の みこと) →大己貴命の命により国造りに参加
相殿 誉田別命 (ほんだわけ の みこと)=応神天皇

【御由緒】

創建は第34代舒明天皇(629~641)の御代、

狩野三郎行広が近くの村々で悪行を働いた大白鹿を追って山中に迷い込み、

白髪の老人から、

「吾は温泉の神なり汝の求める鹿はかの谷間の温泉に浴しておれり、その温泉は万病をなおして甚だ効あり。鹿の浴するも手負いを癒さんがためなり、汝よろしく之を聞きて万民の病苦を救うべし。」

と告げられ、「鹿の湯」を発見したことから、

先程の老人が神様だと悟りこの地に祀ったのが始まりとされます。

以来、周辺住民だけでなく朝廷にも崇敬され、

天平10年(738)には朝廷の役人が那須温泉に湯治に訪れ

那須温泉神社に参拝した事が正倉院文書「駿河国正税帳」にも残っています。

延長5年(927)にまとめた延喜式神名帳に記載されている

下野国11社にも名を連ねています。

現在那須郡内に点在する約80社の総本社にあたります。

中世は那須家の崇敬社となり、

那須与一が源平合戦の折、那須温泉神社に戦勝祈願をして

見事、扇の的を射て功を上げた話が伝説として残っています。

 

本殿左脇にはその昔茶臼岳が山岳信仰(高湯山信仰)の対象であった頃の

修験者の入り口階段がひっそりとあります。

 

本殿の脇には「金毛九尾の狐」をまつったお稲荷様があります。

九尾稲荷の横は崖になっていて、眼下に殺生石と地蔵群が見渡せます。

 

【殺生石と九尾の狐伝説】

殺生石は、昭和28年1月12日に史跡に指定。

昔中国やインドでで美しい 女性に化けて悪行を重ねていた白金毛九尾の狐が

今から800年程前の鳥羽天皇の御世に日本に渡来。

この妖狐は「玉藻の前」と名乗って朝廷に 仕え日本の国を亡ぼそうとしたが、

時の 陰陽師阿部泰成にその正体を見破られて那須野ヶ原へと逃れて来た。

その後も妖狐は領民や旅人に危害を加えたので、

朝廷では三浦介、上総介の両名に命 じ遂にこれを退治した。

ところが妖狐は毒石となり毒気を放って人 畜に害を与えたため、

これを「殺生石」と 呼んで近寄ることを禁じていた。

会津示現寺の開祖源翁和尚が石にこもる妖狐のう らみを封じたので、

ようやく毒気も少なく なったと語り伝えられている。

芭蕉は元禄2年、奥の細道紀行の 途中にこの殺生石を訪れ

「石の香や 夏草あかく 露あつし」と詠んでいる。

この句も、奥の細道ではボツになったようです。

階段を下りて行くと

摂社「琴平神社」「神明宮」「山神社」

この後宿泊した「大丸温泉旅館」の奉納

この鳥居は何と

源平合戦で那須与一が扇の的を射る際に

この温泉神社に願をかけて見事成功させた事に対する謝礼として

本殿と共に奉納されたものです。

しめ縄が扇の要の形をしているそうです(いつもは・・・)。

「那須余一宗隆 大治弐年(1186) 奉献」の看板

那須与一は「余一」と書くこともあります。

 

【那須温泉と那須与一との関係】

那須地方の豪族である那須太郎資隆の11男として生れ、

源義経の東国参陣の時これに従い、

以後義軽の騎下となって源平戦を戦いました。

有名な屋島の戦いで扇の的を射て名声を上げ20万石を頼朝公から賜わりました。

温泉神社と余一との深いつながりを表すものとして「平家物語」には

このように記載されています。

『南無八幡大菩薩、別しては吾が国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの扇の真中射させてたばえ給え・・・』と、

凱旋の後その神恩の深いことを謝して、

大社殿を寄進してその誠を表わしました。

余一は不幸にして24歳の短命で世を去りましたが、

那須氏は代々厚く温泉神社を崇敬して慶長年間に至りました。

温泉神社22

 

祖霊社

「見立神社」の鳥居

2011/3/11の震災時に倒れてしまい、再建されたそうです。

 

【見立神社】

【御祭神】

天児屋根命(あめのこやねのみこと)

狩野三郎行広

温泉の発見者、狩野三郎行広の創建で、天児屋根命を祀り、後に温泉発見の功により狩野三郎行広を合祀。
昭和29年温泉神社と合併し、境内社となりました。

愛宕大神社

御祭神:火産霊命(ほむすびのみこと)

鳥居の位置で約半分。急な階段を登ったところに社があります。

手前にお賽銭箱、その横にお水取りの場所があります。

愛宕福神水

お水取りは、初穂料:1000円です。

第一の鳥居すぐの社務所です。

ちょっと変わったお守りをご紹介します♪

「足腰健康守」

「方位除御守」

「必中心願成就守」一矢必中の文字と那須与一の刺繍

これは効きそう^^

「身体健全・心願成就お守り」

那須に引っ掛けて、茄子の形をしています♪

温泉神社 御朱印

境内案内板

積雪でよく分かりませんでしたが、水琴窟もあったんですね。

そして、ハイキングコースの方に愛宕神社の拝殿があるようです。

下からは雪で登れませんでした。

 

栃木県那須郡那須町大字湯本182

TEL:0287-76-2306(社務所)
【御神徳】 身体健全、商売繁昌
【御朱印】 可:有料 初穂料:300円
【御神水】 可:有料 初穂料:1000円
【御清砂】 可:有料 初穂料:500円


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