「息栖神社」は、「鹿島神宮」、「香取神宮」と合わせて東国三社の一つで、
武甕槌命、経津主命の2人の神様を乗せた船の神様を祭っています。
写真の鳥居前が駐車場になっていて、8台くらい置けます。
アクセスは自家用車が一番便利です。
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電車で東国三社を周る場合、
息栖神社は最寄りのバス停から歩いて20分以上かかるので、タクシーになるかと思います
。
運転手さんによっては、
「お参り終わるまで待ってるから」とメーターを倒して待っていてくれ場合もあるので、
事前に交渉してみてください。
「東國三社息栖神社」の碑
鳥居をくぐると、すぐ左側にお稲荷さんがあります。
参道脇には石灯籠、摂社が並んでいます。
力石
御神木
拝殿
【御祭神】
岐神(くぬどのかみ、くなどのかみ)
天鳥船命(あめのとりふねのみこと)
住吉三神(すみよしさんしん)-底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)表筒男命(うわつつのおのみこと)
東国三社のうち、息栖神社だけは舟の神様がメインです。
武神である鹿島大明神と香取大明神を乗せて行った神様なのですね。
神社の入り口から見た忍潮井にある鳥居
「忍潮井」の案内板
忍潮井は男瓶・女瓶と呼ばれる二つの井戸であり神功皇后の3年(194)に造られたものと云われ、辺り一面海水に覆われていた頃、真水淡水の水脈を発見しこれを噴出させて住民の生活の水としたもので、海水を押しのけて清水が湧出しているところから、忍潮井の名がつけられたと伝えられている。水と人類とのかかわりの中で最も古い形の井戸であり日本霊泉の一つと云われております。
「形状」-男瓶は経2m弱、白御影石で銚子の形をしている。女瓶はやや小ぶりで土器の形をしている。
「三霊泉」-常陸の忍潮井、伊勢の明星井、伏見の直井
「伝説」-その昔(平城天皇の御宇大同2年4月(809)数キロ下流の日川地区より息栖神社が此の地に移された際取り残されてしまった男女二つの瓶は神のあとを慕って三日三晩哭きつづけた、とうとう自力で川を遡り一の鳥居の下にヒタリ据え付いたと云う。この地に定着して後も時々日川を恋しがり、二つの瓶は泣いたと云われている。日川地区には瓶の泣き声をそのままの「ボウボウ川」と瓶との別れを惜しんで名付けた「瓶立ち川」の地名が今も残されている。
どちらがどちらか分かりませんが、男瓶又は女瓶
この日は、お水が底から30cmくらいまでしかなかったので、
お水取りはできませんでした。
2週間後は満杯でしたので、その時はお水を汲んで帰りました。
(過去記事→茨城県神栖市 「息栖神社」(東国三社)その2 (「忍潮井でお水取り」)
息栖神社 公式サイトなし
茨城県神栖市息栖2882
TEL:0299‐92‐2300
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