常陸國一宮「鹿島神宮」(東国三社)その1
今回は、私が初めてパワースポットと神様を意識して旅をした、
「東国三社巡りの旅」第1弾の「鹿島神宮」です。
初めて参拝したのは2010年で、現在は2013年ですが、記憶を頼りに書いております。
*その後2016年にも訪問しております。
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鹿島神宮は、香取神宮と並び、
平安時代、伊勢神宮のほかに「神宮」を名乗ることのできた神社です。
(参考記事→神宮と大社の違い)
全国918社の鹿島神社の総本社であり、
「常陸國風土記」には、「大化5年(649)にこの地に『豊香取の社』が作られた」とあります。
鹿嶋人は武神として大和朝廷の蝦夷平定を助けたとされ、
以降、朝廷の崇敬を受け、さらには鎌倉幕府の将軍や武士にも信仰され、
東国鎮護、武運長久の神として崇敬され、広く庶民の信仰をも集めてきました。
和歌山県の熊野古道にある神社が「西国三社」と言われていますが、
「東国三社」は鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の三社で、
この3つをお参りすると強力なご利益があると言われています。
パワースポットと呼ばれる神社は、いわゆる「レイライン上」にあるといわれており、
この東国三社も見事なトライアングルを描いているとか。
とあるスピリチュアル系のスクールでの話ですが、
アメリカの著名なスピリチュアリストが飛行機で成田に差し掛かった時、
窓から強烈な光を放っている場所が見えたので、
「あれは何だ!」と尋ねると、鹿島神宮のあたりだったそうです。
何となく納得してしまいそうな話でした(*^_^*)
訪れたのは、2010年11月15日の祐気取り(東方面)です。
この石の大鳥居は残念ながら翌年の震災で倒壊してしまいました。
2012年1月、境内の杉材を用いて大鳥居を再建することが発表され、
2014年完成予定だそうです。
【大鳥居竣工祭】
2014年2月1日 地鎮祭、2月4日 工事開始、3月25日 立柱祭
4月30日 建方完了、5月30日 石畳張替完了、6月1日 竣工祭・祝賀会
こちらが完成した木の鳥居(2016/12月撮影)
遠目には木製と分かりにくいですが、近くで見ると立派な大木です。
ついでに、アントラーズおめでとう!世界とも互角の試合を見せてくれました。
ご利益にあやかりたいです。
2010年の話に戻りまして・・・
鹿島神宮の一の鳥居は境内入口ではなく、 北浦湖畔の大船津に立っています。
撮影はできませんでしたが。
駐車場はこの鳥居の右側にあります(有料)。
満車の場合には門前通りのお店でも時間貸し駐車場があります。
鳥居をくぐると、参道の両脇には菊まつりの花(受賞作品)が飾られていました。
表参道の「桜門」です。 寛永11年(1634)に水戸初代藩主の徳川頼房公が奉納されました。
頼房公は水戸黄門光圀公の父上です。
桜紋をくぐると、目の前に大きな杉並木がバーンとそびえています。
この奥に社殿があるのかな?と思いきや、
桜門を入ってすぐ右側にあります。
神社の拝殿は東か南を向いているのが一般的ですが(家の神棚も同じ)、
鹿島神宮は北を向いているのが少し変わっています。
午前7:00~9:00の間にお水取りが目的だったため、
一旦ご挨拶して、またご祈祷の時に戻ってきます。
こちらは、拝殿の向かいにある境内社の「高房社」
御祭神:建葉槌神(たけはづちのみこと)
静神社(常陸国二宮)御祭神でもあります。
こちらへお参りしてから拝殿に向かうのが作法だったようです^^
それでは、奥に向かいます。
うっそうとした杉並木ですが、参道は広々としています。
中央は、君が代にも登場する「さざれ石」です。
*この石が直接君が代に登場するわけではありません(岐阜県にあります)
さざれ石(石灰質角礫岩)は、石灰石が長い年月の間に雨水で溶解し、
その粘着力の強い乳状液が次第に小石を凝結し段々と大きくなり
ついには巌となり河川の浸食により地表に露出し、苔むしたものであります。
国歌「君が代」は天皇の御代の弥栄をさざれ石に託して
詠んだ歌がもととなっており天皇の大御代が千代に八千代に
年を経てさざれ石の巌となりて苔のむすまで
永く久しく栄えますようにという祈りを込められた歌であります。
古今和歌集巻7賀歌に題知らず読み人知らずの歌として
『わが君は 千代に八千代に 細れ石の 巌となりて 苔のむすまで』 とあります。
「君が代」は神事や宴席で最後に歌われる祝歌として
各地に広がり浄瑠璃や謡曲にも取り入れられ
朝廷から一般庶民に到る迄全国津々浦々で
歌われる歌となって行きました。
国歌「君が代」は明治二十六年日本国歌に制定され
大正時代ニューヨークにて開催された
世界の国歌コンクールで特等となりました。
~石碑より
今度は左側に鹿園がありました。
鹿のいる神社は、鹿がご眷属(神使)です。
他に香取神宮(千葉県)、三嶋大社(静岡県)、春日大社(奈良県)、厳島神社(広島県)が有名です。
隣の売店で鹿せんべいを売っているので、餌をあげることが出来ます。
また、右側には、「奥宮」があります。
国の重要文化財。
御祭神:武甕槌大神荒魂(たけみかづちのおおかみ あらみたま)
慶長10年(1605)に本殿として徳川家康公により奉納された建物を
元和5年(1615 )の造営のときに場所を移して、奥宮としました。
総白木作りの簡素な意匠。
実は本殿でご祈祷を受けた後、ちょっとショックなことがあり、
もう一度参道を歩いてこの奥宮まで来ました。
すると、なぜか荒魂を祀っているはずの奥宮が
何とも優しい慰めるようなオーラを放っていて、 救われたような気がしました。
一般に、荒魂を祀るお宮はその名の通り、
御祭神の荒々しい性質から霊験あらたかと言われていますが、
巷で言われていることと必ずしも一致しないなぁということがたまにあります。
詳しくはまた鹿島神宮の不思議体験で(^_^.)
参道を右に入ると、
「要石(かなめいし)」があります。
柵の中の中央の小さな石がそうです(2010年12月の改装前)。
この石は掘っても掘っても先が見えないほど地中深くに埋まっていて、
地震を起こすナマズの頭を押さえつけていると言われています。
参拝した当時は、木製の古い柵で覆われており、
パワースポットというには古めかしいなぁという印象を受けました。
そうしたら、その2週間後に訪れた時にはこの柵は工事中でした!
変なこと考えちゃったかなぁ。
それとも、古くなって危なかったので、
もともと工事の予定があったためにその念をキャッチしたのかなぁ
なんて考えてしまいました(^_^;)
こちらが現在の要石の様子(2016/12月撮影)。
神世の昔、香島の大神が座された万葉集にいう石の御座とも。
あるいは古代における大神奉斎の座位として磐座(いわくら)とも 伝えられる霊石である。 この石、地を掘るに従って大きさを加え、その極まる所しらずという。 水戸黄門徳録に7日7夜掘っても掘っても切れずと書かれ、 地震押さえの伝説と相俟って著名である。 信仰上からは、伊勢の神宮の本殿床下の心の御柱的存在である。
~案内板より
地震押さえの「要石」は、香取神宮の奥宮にもあります。
この東国三社を巡る旅の4か月後にあの震災があったわけですが、
震災後の余震も、茨城県南部(鹿島神宮付近)、
千葉県北西部(香取神宮付近)を震源地とする地震が相次いで、
昔から地震の多い所なんだというのを実感しました。
元来た道を戻り、さらに奥に進みます。
参道に、御祭神「武甕槌大神」の石碑 大なまずの頭に刀を突きたてています。
これが「御手洗池(みたらいしけ)」です。
1月の大寒禊の日には、男性はフンドシ一丁、
女性は白い着物で この池の中に入り、15分間祝詞を唱えるという儀式があります。
真冬ですので、外の気温は0度を下回り、雪が舞うこともあるようですが、
水温は10度以上で、むしろ上がってからの方が大変だそうです。
テレビで見てから、一度はやってみたいなぁと思ってます。
大きな鯉もたくさん泳いでいます。
そして御手洗池の奥にあるのが、お水取りの場所です。
この日は平日の午前7時頃でしたが、
ご近所のみならず、
遠方からポリタンク持参でやって来る方がたくさんいらっしゃいました。
近所の方は慣れた手つきで素早くポリタンクを満タンにするのですが、
蛇口があるわけではないので、皆さんのやり方を見ながら要領を覚えます。
そうでないと、長蛇の列になってしまいますので。
湧水のポイントは、木の案内板の真下にある、
30cm程度の洞窟の岩の中です。
「山水ですので沸騰してお召し上がりください」とあります。
私はお腹が丈夫なので、1週間後も生水のまま飲み続けてました^^
中はこんな感じ。
出来るだけ湧水ポイントに近い所から汲みたくなりますが、
それだといつまでたっても満タンにならないので、
手前の四角くお水がたまっている所から柄杓で水を掬います。
柄杓と漏斗はいくつか用意されています。
その場で飲んでみると、何とも清涼感のある甘い湧水でした。
1.5ℓのペットボトル2本に汲み、
その後ご祈祷の時にも手元に置いて、 パワーをいただいて帰りました。
電車で来られた方も、
大きなキャリーバッグでたくさんお水を持ち帰ってましたが、
ポリタンクの場合には、この御手洗池のすぐそばにある駐車場に停めた方が無難です。
表参道から鳥居に戻るには、距離だけでなく、
階段を上り下りしなければならないので。
鳥居までは普通に歩いて15分程度かかるかもしれません^^
神社のお参りは日ごろの運動不足を解消する場所だという方には、 もってこいですが。
こちらは、御手洗池の前にある休憩処です。
みたらし池と聞けば、もしかして、みたらしだんご?と思うかもしれません。
正解!
でも、ここの団子は、三色の巨大なだんごで、
黒みつをつけたり、きな粉がまぶしてあったりします。
手打ちそばも、この御手洗池の御神水を使っているので、
食べ物から祐気取りができる貴重な場所ですね♪
味もなかなかのようです。 みたらし池「一休(ひとやすみ)」食べログ
*向かいにもお店がありましたが、震災の影響で取り壊したのか、
御手洗池に下りてくる手前の奥宮前にお店が移動していました。
無事、時間内にお水も汲み終えたことだし、 拝殿に戻ってご祈祷を受けることに。
拝殿(2016/12月撮影)
ご祈祷は1万円~で、
御祈願内容2つ以上は1つ増えるごとに5,000円+ だったと思います。
この時は、11月で七五三のお参りで来たお子さんが多かったです。
拝殿の中は、畳敷き20畳くらいで一宮にしてはこじんまりしているなぁ という印象でした。
初詣で行く神社は、一度に100人以上は入れますので。
2016年12月訪問の時には社務所の裏の祈祷殿でご祈祷をしているようでした。
祈祷殿は新設されたのでしょうか。
しかし、少人数な分、祝詞を捧げる宮司さんは目の前、
神殿も目の前なので、その雰囲気に圧倒されます。
鹿島神宮の御祭神、建御雷之神は武神でとても怖い神様 だという評判があるそうですが、
この時はそんなことも知らず、 なのに、桜門をくぐった時からずーっと違和感を感じてました。
そして、ご祈祷の時にそれを体感しました!
怖い神様だという噂は本当なのだなぁとしみじみ感じました。
と同時に、神様っているんだなぁと改めて実感した神社でした。
後日、震災直後に宮城県の鹽竃神社から鹿嶋沖に
大きな木のお札が流れ着いたそうですが、
鹽竃神社の神様は、鹿島神宮と香取神宮の両御祭神をお祀りしており、
鹽竈神社の神様が鹿島神宮に助けを求めに来たのでは?
ということで、鹿島神宮はそのお札を鹽竈神社にお返ししたそうです。
やっぱりただならぬ神社だと思った次第です。
(参考記事→陸奥國一宮鹽竃神社)
以後、寝ている時に金縛りにあったら鹿島神宮のお守りを探して手に持ってまた寝ています^^
【御祭神】
→武甕槌大神の神話について書いています。
【御神徳】
武道、事業発展、縁結び、厄除け、必勝祈願、心願成就等
帰りは社務所で色んな物を売っているのでじっくり見てきました。
鹿島大明神と香取大明神の掛け軸は、
剣道の道場では掲げてあることが多いそうで。
この日は、社務所で、「塚原卜伝」を大河ドラマ化しよう!
という署名活動をやっていたので、署名してきました。
テレビは見ないので知りませんでしたが、
実家に帰った時にBSドラマで堺雅人さん主演でやるPRを見て知りました。
*追記 2013年3月~4月にやってましたね^^
「真田丸」にも抜擢されて絶好調ですね。鹿島神宮の御利益なのかも。
以下、鹿島神宮で頂いてきた品々です。
鹿島神宮御祓砂 500円
ご祈祷でいただいたお神酒「神の池」
宝物館で買った二頭の馬の絵のレプリカ
鹿島神宮御神刀 木刀です。
宝物館には鹿島大明神が大国主命と戦ったと言われる国宝の特大の刀の他、
いろいろな宝物がありますので、時間が取れる方は是非どうぞ♪
住所:茨城県鹿嶋市宮中2306-1
TEL:0299-82-1209
アクセス
高速バスがおすすめです。
東京駅から、高速バスかしま号「鹿島神宮」バス停下車
電車は本数が少ないのであまりおすすめではありません。
最寄駅:JR東日本鹿島線 鹿島神宮駅 (徒歩10分)
鹿島臨海鉄道大洗鹿島線も乗り入れ
【東国三社の記事】
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