陸奥國一宮 都都古別神社(馬場) 参拝レポ
急遽思い立って、福島、新潟と磐越道を経由して一宮を巡ることになりました。
初めに訪問したのは、福島県東白川郡棚倉町にある、
陸奥國一宮「都都古別神社」(馬場)です。
「つつこわけ」と読みますが、石川郡にある一宮の方は、
「別」を「和氣」と表記しているので、なぜなのか気になりますね。
[スポンサーリンク]
こちらの「都都古別神社」も、もともとは「和氣」の表記でしたが、
國幣社格となった際に、太政官符に「別」の字が用いられていたので、
以後それに従ったということのようです。
福島県の狭い地域に3つも一宮神社があるのもなぜなのか気になりますが、
東北に向かう交通の要所だったということにも関係がありそうです。
電話番号でナビを設定すると、境内裏に到着。
鬱蒼とした森だったので、ここから本当に入れるのか?と思ったら、
駐車スペースがありました。
この日は晴天だったのですが、境内にはいると3度くらい体感温度が下がり、
ヒンヤリを通り越して寒い(>_<)
神社ではこのひんやり感や、蒸し暑い真夏に突然涼しげな風が吹くことが多いです^^
駐車した裏側から見ると、境内は木塀で囲まれていました。
国道から1本入っただけですが、ひと気のない山奥の神社のような雰囲気でした。
こちらが、表参道の鳥居。
ここのもみじだけは紅葉が残っていました。
宮司さんのご自宅はこの鳥居下の右側にあります。
御朱印はこちらへと⇒で案内の張り紙が出ていました。
社務所は普段、無人です。
ご自宅も留守の場合があるかもしれませんので、
遠方から行かれる方は事前に連絡をしておいた方が良いかもしれません。
都都古別神社の石碑
上の消された文字は國幣中社でしょうか。
鳥居の横には、宮司西郷頼母の説明、その他、色んな張り紙がありました。
境内の案内板
参道
随神門
陸奥國一宮とあります
左右の随神
手水舎
社務所(無人です)
社殿が見えました
拝殿
こちらの額は、松平定信公筆。
八重の桜のポスター。
拝殿内部にある額は、有栖川宮熾仁親王御筆
本殿横
本殿裏
続いて、拝殿右側の末社です。
甲山天満宮 御祭神 菅原道真公
稲荷神社
厳島神社
鹿島神社
神明宮
磐座
震災前に参拝した方のブログでは、木の囲いがありましたが、現在はなくなっていました。
さらに本殿の奥に階段が。
末社です。
東照宮
その隣に日枝神社
後で案内板を見ると、この更に左に金毘羅神社、社殿左に熊野神社と書かれていましたが、
見落としたようです。
拝殿に戻って
左側に、寅卯神社
境内に一本だけ大きな杉。御神木でしょうか。
この後、宮司さんのご自宅に向かい御朱印をいただきました。
その後、お電話で御朱印を戴きに来られた方がみえるまで、1時間近くお話しを伺いました^^
棚倉町は太古の出土品が多数発掘されていたり、
残っている鎧兜が源頼朝の時代のものとそっくりだったりと、
歴史が好きな方にはいろいろ楽しめる町のようです。
都都古別神社は一宮神社ですが、ほとんど観光課されておらず、
とてもひっそりとした静かな神社でした。
ですが、現在でも天皇皇后両陛下がお見えになるということで、
宮内庁でも一目置かれている神社なのだというお話でした。
もともとは近津大明神を祀る神社として、ここが上之宮、八槻が中之宮、
茨城県の奥久慈にある神社が下之宮だったそうです。
それと、以前は棚倉城に神社があったがこの地に遷移され、
八槻の方はその入り口の神社として祀られていたということ、
棚倉城跡にその時の御神木がありますよということで、
この後、見に行きました。
御朱印
以下は、宮司さん宅で頂いた説明書きから転載しています。
都都古和氣神社 御祭神・御由緒
御祭神
大國主命の御子様で殖産興業指導厚生の神。一生を父の命と共に関東北の郷土開発に尽くされ、厚生の道を開き、国土開発の大業を成就された大神。
相殿神:日本武尊
略沿革
延喜式神祇巻第十神名帳に、陸奥國白河郡名神大一座「都都古和氣神社」とある御社で、凡そ二千年前、人皇十二代景行天皇御宇、日本武尊が東奥鎮撫の折、関東奥羽の味耜高彦根命を地主神として、都々古山(現在西白河郡表郷村。一名を建鉾山と称す。)に鉾を建て御親祭せられたのが創始であり、古代祭祀場たる磐境であることが立証されている。(大場磐雄・亀井正道両博士による。)
人皇五十一代平城天皇大同二年(807)坂上田村麻呂は、伊野荘(現棚倉城跡)に奉遷、社殿奉造し日本武尊を相殿に配祀し奉る。
寛永元年(1624)丹波五郎左衛門長重公は、幕命により棚倉築城に際し、現在の地(馬場)に景勝の替地を奉り、更に社領を添加し、旧社殿を解体移築の上、同二年遷宮に奉る。
神位、神階等奉授については、仁明天皇・清和天皇・陽成天皇・後冷泉天皇等各御宇に行われている。平安中期から久慈川、社川、阿武隈川流域の人々の絶大なる信仰の対象であり、北郷二十四ヶ村にわたった神領地もその一証である。
造営、神領寄進等は、坂上田村麻呂・源頼義・源義家等をはじめ、足利義満・白河城主・豊臣秀吉等、作事奉行を定め奉造にかかるもので、桃山時代の手法がよく出ている。
中世、天災や兵火によって社殿焼亡又は大破した事もあるが、その時毎に、直ちに造営せられている。
徳川幕府は代々、先規により神領朱印状を奉っていた。
明治四年太政官達し、同六年三月七日、国幣中社に列格。
社号・文字
中世以来、陸奥一の宮近江大明神都都古和氣神社と謂ていた。国幣社格列時、太政官符に「別」の文字を用いられていたので、爾来それに従っていたが、昭和二十一年緊急勅令により官国幣社が廃止され、その後、以前の「和氣」を用いている。
又、向拝殿正面の額(松平定信公筆)に「龢氣」(機種依存文字なので表示されない場合はご容赦ください)の字が記されているのも、同じく「わけ」と訓読する。
*松平定信公(1758~1829)
白河藩主、江戸後期の政治家、学者。幕府の老中となって「寛政の改革」にあたった。八代将軍吉宗公の孫。
宝物
国指定重要文化財
・長覆輪太刀
・赤糸威鎧残闕
・二十五間四方白星兜鉢(東京国立博物館出陳)
・扇面懸仏(奈良国立博物館出陳)
県指定重要文化財
・銅造線刻薬師如来懸仏
・銅造線刻十二面観音懸仏
・銅造線刻阿弥陀如来懸仏
・鉾形祭具(応永年間銘)
その他
古面類、神像、什器、御神幸御輿、古文書等多数にのぼる。
都都古別神社(馬場)へのアクセス&地図
つつこわけじんじゃ
住所:福島県東白川郡棚倉町棚倉馬場39
TEL:0247-33-7219
アクセス:
JR東北新幹線「郡山駅」→JR水郡線「磐城棚倉駅」下車徒歩11分(タクシー3~5分)
JR「新白河駅」からJRバスで50分
東北道「白河IC」からR298→R118経由27km
駐車場:境内脇に数台
例大祭:9月11日
*社務所は無人のことが多いので、御朱印は鳥居横にある自宅でいただけます。
地図
【周辺の一宮神社】
◆都都古別神社(八槻) 車で5分
◆石都都古和氣神社 車で25分
【周辺の温泉】
◆棚倉温泉 ルネサンス棚倉 (循環ろ過)
東白河郡棚倉町大字関口字一本松43-1 TEL:0247-33-4111
◆湯遊ランドはなわ (循環ろ過)
東白川郡塙町湯岐立石21 TEL:0247-43-3000
◆ユーパル矢祭 (不明)
東白川郡矢祭町大字東舘字蔵屋敷108-1 TEL:0247-46-4300
◆母畑温泉 八幡屋 (源泉掛け流し)
石川郡石川町母畑温泉 TEL:0247-26-3131
【おススメの源泉掛け流しのある温泉宿】
◆元湯甲子温泉旅館大黒屋 白河ICから国道298号沿い 神社から車で40分 ⇒管理人宿泊レポ
◆新甲子温泉 五峰荘 白河ICから国道298号沿い 神社から車で55分
【関連記事】
【♨温泉で祐気取り♨ 宿泊予約サイト】 | ||
【メニュー】
全国の一宮神社 ・全国のパワースポット ・お水取りのできる神社
伊勢神宮ガイド ・祐気取りグルメ ・源泉掛け流しのある温泉
吉方位の調べ方&自宅から100kmの地図 ・御朱印
神社・パワースポット YOUTUBE動画
祐気取り書籍 ・登山派神社ガール必需品♪
ブログ掲載・仏閣